映画「今夜、世界からこの恋が消えても」の感想

映画「今夜、世界からこの恋が消えても」を観ました。
公開:2022年(日本)
上映時間:121分
監督:三木孝浩
原作:一条岬の同名小説(メディアワークス文庫)

まあまあでした。

高校生の神谷透が、クラスメイトのいじめを止めるために、日野真織に嘘の告白をする。
それから二人は疑似恋人になる。
実は真織は前向性健忘で、寝るとその日の記憶を喪失するのだった。

「前向性健忘症+神谷家は小説好き」とわかった瞬間に、
「ああ、これブルーライト文芸が原作なんだ」と気付いた。

前向性健忘症ということで、掟上今日子のことを連想した。

クラスが7組?まであって、だいぶ多いなと思った。

良い点。

「胸キュン映画」の観客の期待感には応える出来になっている。
わかりやすい作りになっている。

気になった点。

神谷透役の道枝駿佑の演技。
アイドルが役者をやっているという範疇を超えないという印象。
W主演の片方であるため、作品全体のボトルネックになっていたと感じる。
女性陣の方は、問題を感じなかった。

終盤の、透をキャンバスに着彩する真織の「服装」。
水彩とか色を塗るなら、汚れてもいい服装を着るはず。
なのに、すごく上等そうな服を来て着彩していたことに、大きな違和感を感じた。
せめて、エプロンやスモック、汚れても良い服装の方が、自然だと思った。
というか、すでに何枚も描いているなら、がっつり汚れている服を着てても良かった。
単に思い出の彼を描く少女なら、あのキレイな格好でも全然いいと思う。
でも最終的に美大を目指す少女を描くのであれば、あの場であの格好では、演出として駄目だと思いました。
あのシーンでは、何もかもがキレイ過ぎた。
キレイすぎて、少女が絵に打ちこむ本気度が伝わらない。
周りに完成した絵を何枚も置いて本気度を伝えようとした意図はわかるけど、それに見合うヒロインの造形になっていなかった。
原作で、服装に指定があったのかどうかは知らない。
おそらく、無いからこそ、こういう演出になってしまったのではないか。どうだろう。
細部に至るまで一番こだわるべき肝心なシーンだったと思う。

人の死を物語の盛り上がりに利用している点。
かつてセカイ系の抱えた課題であり、その系譜にあるブルーライト文芸も抱える根本的課題だと思う。
課題であり、同時に、良さや武器でもある。
既存のセカイ系だと、少女が病を抱え、そして消失する物語が多かった。少年視点では喪失。
「最終兵器彼女」、「イリヤの空、UFOの夏」、「君の膵臓をたべたい」などなど。
本作では、そこをひとつひねって、少女が病を抱えて少年が消失する物語だった。
後続の作品として、被りを避けるために、ひねらざるを得ないのかもしれない。
ヒロインの見た目や声が若干浜辺美波に似ている事も相まって、「君の膵臓をたべたい」を連想する人は多いかも。

おおよその結末まで予想出来てしまう点。
「前向性健忘症+神谷家は小説好き」とわかった瞬間に、だいたい予想できた。
これもブルーライト文芸が抱える課題だろうか。